東京高等裁判所 昭和27年(ネ)2071号 判決
成立の争のない甲第一乃至六、八、一〇、一一号証の各一、二当審における控訴人並びに被控訴人各本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人(本年二七歳)は昭和二七年三月東京都攻玉社大学土木学科を卒業し、現に建設省荒川工事事務所員であり、被控訴人は昭和二一年三月静岡県掛川高等女学校を卒業し、現在同県袋井中学校教諭であるところ控訴人は昭和一九年一〇月神奈川県武山海兵団に入団し、昭和二〇年五月ウ第七〇一部隊油山派遣隊員となり被控訴人の実家たる肩書地附近に駐屯中、同年七月頃当時十六歳で女学校二年在学中の被控訴人と知り合ひ、同年八月控訴人は復員して肩書地の実家に帰宅後は、被控訴人と文通を交わし、又偶に訪問し合つているうちに恋愛関係に陥り、昭和二六年一月頃控訴人は被控訴人に対し結婚の申込をなし、被控訴人はこれを承認した(右承認の事実は被控訴人の認めるところである)ことが認められる。
控訴人は、右承認によつて当事者間に婚約が成立し、次で控訴人被控訴人双方の両親もそれぞれ賛成し、昭和二六年二月挙式は控訴人の大学卒業後昭和二七年四月又は五月とし、結納はその直前に取交わす旨の話合が進められたと主張し、被控訴人は右事実を否認し、右承認は被控訴人の両親の同意を条件としたものであるところ、その同意を得られなかつたので、婚約は成立するに至らなかつたものであると抗争するをもつて按ずるに、被控訴人がその両親の同意を得ることを条件として控訴人の婚姻の申込を承諾したことはこれを認めるに足るなんらかの証拠がない。又婚約の成立には父母の同意は勿論慣習上の挙式や結納の取交等を必要とせず、ただ当事者の誠心誠意をもつてなす将来夫婦たるべきことの合意をもつて足ると解せられているところ(昭和六年二月二〇日大審院民事部判決参照)であるが、前記甲第三、四、六号証の各一、二、被控訴人本人の供述を考え合せれば、被控訴人が控訴人から婚姻の申込を受けた当時、被控訴人に他の縁談もあつたので控訴人に対し、昭和二六年一月六日附の手紙(甲第三号証の一、二)で控訴人の真意を質したのに対し、控訴人から婚姻の意思ある旨の手紙を受取り、これを被控訴人の母に相談したところ同人は、この結婚には不安を覚えるけれども、強いて反対はしないという態度であつたので、被控訴人は母の同意を得た旨並びに被控訴人の父又は兄にも直接その同意を求められたい旨の手紙(甲第四号証の一、二)を送つたが控訴人から被控訴人の父又は兄に対し同意を求める手紙は来なかつたし、もとより被控訴人としては両親兄弟の同意のない婚姻をする意思はなかつたところ、被控訴人の父及び兄はその後控訴人の学歴等調査の結果その意に満たないものがあるとして同意を与えなかつたし、又被控訴人においても、控訴人が自己の学歴を秘し、恰かも一流大学に在学中なるかの如く告げていたことや且、被控訴人の勤務せる袋井中学校の同僚職員井口真吉との間に情交関係ありと誤解するなどのことがあつたため、将来に不安を感じ、昭和二六年一一月控訴人に対し将来の関係を断つ旨の意思を表示したことが認められる。当審における証人松村川大郎並びに控訴人本人の各供述によれば、控訴人の父が昭和二六年二月一日被控訴人方を訪れ、又被控訴人の父母が同月一三日控訴人方を訪れたことが認められるが、その際控訴人及び被控訴人双方の両親が、本件当事者の婚姻に同意し、挙式は控訴人が大学を卒業した後の昭和二七年四、五月とし、結納はその直前に取交す旨の話合が成立した旨の右証人及び本人の供述は、当審における証人兼子代助並びに被控訴人本人の各供述に照らし、たやすく措信し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。而して、前記認定の事実から考うるとき、被控訴人が控訴人の婚姻の申込に対し承諾したとはいえ、かくの如きことは本件当事者のような若い男女間には有り勝ちなことで、前示の各証拠を綜合するに双方の一時の情熱に浮かされた行為と認められ、いまだ誠心誠意をもつて将来夫婦たるべき合意が成立したものとは認定し難い。要するに本件当事者のした約束は未だ法律的保護に値する程度の確実な婚姻の予約とは判断し難い。